お月見の由来をたどる|中国の観月文化が日本で変化した十五夜と、米粉と豆腐の月見団子

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秋になると、すすきを飾ったり、お月見団子を供えて、十五夜の月を眺める。お月見は、日本の秋を代表する季節行事のひとつです。

中国の中秋節など、東アジアの季節行事を知っていると、十五夜のお月見が中国文化の影響を受けていることは想像がつきます。私も以前からおそらくそうだろうと考えていました。

今回はさらに、中国から伝わった「月を愛でる文化」が、日本に入ってからどのように変わり、今の「お月見」になったのか?まで調べてみました。

今年も子どもとお月見をする予定だったので、十五夜の由来を調べながら、米粉と豆腐で月見団子も作ってみました。

2026年の十五夜は9月25日、十三夜は10月23日です。米粉と豆腐の月見団子の作り方は、記事の後半で紹介しています。

十五夜のお月見は、唐代の中国の観月文化につながる

日本でいう十五夜は、旧暦8月15日の夜のことです。旧暦は月の満ち欠けをもとに日付を決める暦なので、十五夜の日付は毎年変わり、必ずしも満月と重なるわけではありません。2026年も、満月の瞬間は十五夜の2日後の9月27日です。

新月から満月、そしてまた新月へと一周する月の満ち欠けの順番は、無料でダウンロードできる月の満ち欠けカードを回しながら、子どもと一緒に確かめることもできます。

中国では、唐(とう)の時代にはすでに、旧暦8月15日の月を眺めて楽しむ風習があったとされています。お月見の起源を中国にたどると、この観月の習慣に行き着きます。

この文化は奈良時代から平安時代ごろに日本へ伝わり、平安時代には貴族の間で月を愛でる行事として広がっていきました。

平安時代のお月見は、月を鑑賞する貴族の文化だった

当時のお月見は、今のように家族で団子を食べる行事とは趣が違います。

月を眺めながら歌を詠む、楽器を演奏する、宴を開く。どちらかといえば、美しい月そのものを鑑賞する、貴族の優雅な文化だったようです。

農耕や収穫の習俗と重なり、日本のお月見は独自の形になった

調べていてもっとも興味深かったのが、ここからの変化です。

日本のお月見は、中国から伝わった観月の文化をそのまま受け継いでいるわけではありません。

日本では古くから、月の満ち欠けが暦や農作業と深く結びついていました。そして秋は、里芋や稲などの作物を収穫する季節です。

中国由来の観月の文化と、日本にもともとあった農耕や収穫にまつわる習俗が重なり合い、少しずつ日本独自のお月見へと変化していったと考えられています。日本にはもともとこの時期に収穫祭や祖霊をまつる行事があり、そこに唐から伝わった観月の行事が結びついたとする見方もあります。

そのため、現在のお月見には、美しい月を眺めること、秋の収穫物を供えて感謝すること、すすきを飾ること、月見団子を供えることなど、いくつもの要素が同居しています。「お月見では何をするの?」と子どもに聞かれたら、月を見るだけでなく、秋の実りに感謝する日でもあると伝えられそうです。

海外では、日本のお月見が「Tsukimi」や「Japanese Moon Viewing」として紹介されることもあります。海外から「日本文化」として見られている行事も、歴史をさかのぼれば、別の土地から伝わった文化が日本の暮らしの中で形を変えてきたものです。

十五夜が「芋名月」と呼ばれるのは、里芋を供える地域があったから

私自身、お月見といえば白い月見団子というイメージが強かったのですが、十五夜には「芋名月(いもめいげつ)」という別名があります。

十五夜に、その秋に採れた里芋などを供える地域が多くあったことから、こう呼ばれるようになったといわれています。

今のお月見では団子が主役のように見えますが、もともとは収穫した作物を供え、実りに感謝する意味合いも強かったようです。

この背景を知ってからは、団子以外にも、里芋やさつまいもなど秋の食べ物を子どもと一緒に用意してみるのも面白そうだと感じました。

江戸時代、お月見は庶民に広がり月見団子も定着していった

平安時代の貴族たちが、今と同じように白い団子を積み上げて月を眺めていたわけではありません。月に供え物をするようになったのは、室町時代ごろからとみられています。

お月見が庶民の行事として広がったのは江戸時代です。この頃になると、月見団子を作って十五夜を楽しむ風習も広まっていったとされています。

今では定番の月見団子も、長いお月見の歴史の途中で加わったものといえます。月見団子の由来には諸説あり、里芋をかたどったものとする説のほか、中国で月餅を供えていた習慣にちなむという説もあります。

十五夜の約1か月後には「十三夜」のお月見もある

日本には、十五夜からおよそ1か月後に行う「十三夜(じゅうさんや)」の月見もあります。旧暦9月13日の月を愛でる行事で、「後(のち)の月」とも呼ばれます。中国から伝わった十五夜の月見に対し、十三夜は日本独自の風習とされ、延喜19年(919年)に寛平法皇が催した月見の宴が始まりと伝えられています。

十五夜が里芋にちなんで「芋名月」と呼ばれるのに対し、十三夜は「栗名月」「豆名月」と呼ばれることがあります。栗や豆を供えることに由来するといわれますが、月の形からついた呼び名とする説明もあります。

同じ秋の月見でも、時期や供え物、呼び名には地域ごとにさまざまな違いがあり、諸説も残っています。

今年は子どもと米粉と豆腐の月見団子を作った

こうしたお月見の由来を調べたうえで、今年は子どもと月見団子を作りました。

使ったのは米粉と絹豆腐です。材料も工程も少なく、子どもと一緒に作りやすいレシピです。

米粉と豆腐の月見団子の材料

できあがりは30〜40個ほどです(丸める大きさによって変わります)。子どもと一緒に作って、所要時間は1時間くらいでした。

米粉 200g(前原製粉「国内産米お菓子・お料理用 米の粉」200g 1袋)
絹豆腐 150g
きなこ 適量
砂糖 適量
塩 ほんのひとつまみ

団子そのものには砂糖を入れず、食べるときにきなこ砂糖をつけました。

米粉と豆腐の月見団子の作り方

1.米粉と絹豆腐を混ぜる

米粉200gと絹豆腐150gを混ぜ合わせます。最初は水やお湯を加えず、豆腐の水分だけでまとめました。米粉の種類によって吸水量が違うため、まとまりにくいときは豆腐または水を少量ずつ足してまとまるように調整します。

2.一口サイズに丸める

生地がまとまったら、食べやすい大きさに丸めます。子どもが参加しやすい工程です。形が多少そろっていなくても、手作りならではの味わいになります。

3.沸騰したお湯で茹でる

鍋のお湯がしっかり沸騰してから団子を入れます。はじめは鍋底に沈み、しばらくすると浮いてきます。浮いてから、さらに2〜3分ほど茹でます。

4.冷水にとる
茹で上がった団子を冷水にとり、粗熱が取れたら水気を切ります。

5.きなこ砂糖をつける

きなこと砂糖を約2:1で混ぜ、塩をほんのひとつまみ加えます。団子自体は甘くなくても、きなこ砂糖をつけるとちょうどよい甘さで食べられました。

文化は伝わった先の暮らしと混ざりながら変わっていく

十五夜のお月見が中国文化の影響を受けていることは、調べる前から予想していました。今回あらためて知ったのは、その文化が日本でたどった変化の道のりです。

唐代の中国で楽しまれていた観月の風習が日本に伝わり、平安時代には貴族が月を鑑賞する行事になった。そこに日本の農耕や収穫にまつわる習俗が重なり、江戸時代には庶民も楽しむ季節行事へと広がって、里芋や団子を供えるようになった。そして今では、家族で楽しむ秋の風物詩になっています。

文化は、伝わった先でそのまま保存されるだけでなく、その土地の暮らしと混ざり合いながら形を変えていくものだと感じました。

海外からは「Japanese Moon Viewing」として紹介される日本のお月見も、ルーツをたどると、昔の東アジアの文化交流が見えてきます。

今年はそんな話を子どもとしながら、米粉の月見団子を食べて、十五夜の月を眺めようと思います。

参考資料

農林水産省「日本の年中行事と食 十五夜とお月見団子」
国立天文台「中秋の名月(2026年9月)」
国立天文台暦計算室「暦Wiki 中秋の名月とは/十三夜」
川口市立科学館「2025年 中秋の名月・十三夜(解説)」
国立国会図書館 レファレンス協同データベース「お月見の歴史がわかる資料はあるか。」
ウェザーニュース「今日は十五夜『中秋の名月』 お月見団子にも地域性」

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